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大須賀淳
2023.12.9 06:55その他ニュース

「ディベートというオブラート」に包んだ麻薬と、その闇

SNSで男系男子固執の者を見ていると、辛くなる事がある。

 

竹田やら竹内やら倉山やら谷田川やら(その他、諸々々々々…)商売上のポジショントークになれ果てている者の言説は、妙な広告でも表示されたと思い、すでに粗鬆症を起こしているその言葉に、庶民の常識を足場としたツッコミを入れるなり、嗤いものにすれば良い。

 

一方、「論」という観点では全く取るに足らない内容でも、人心とはこうまで歪み、毒気を放つのか…といった不快さを撒き散らしているものを連続して見ると、嫌な湿気を伴った暗雲のようなものが心に立ち込める。

 

例えば

 

水野という人物は、法の文面で「人権」に制限がかかると解釈される皇族には「人道」に外れた行いをしても構わないと言(上記を読んだ上で、私の受け取り方が恣意的と言うなら、いくらでも批判すれば良い)。

 

そして、それを裏付けるための理屈として「女性には皇族にならない自由が存在する」という言説を持ち出す。

 

これは、現在に至るまで下記のように

 

病的なまでに皇后陛下をバッシングする輩の精神性と同じであるし、「男系男子限定」を続けた場合に、将来の悠仁さまのご結婚を阻害する大きな危険をはらんだ極めて暴力的な言説に他ならない。

 

前出した「水野 縁」なる人物のポストをX上で非難した所、このような返答があった。

 

まず、水野の言説に対する感情100%の言葉だけ先に書いてから次に行こう。4文字でOK。外道が!

 

他のポストを見ても、水野が用いる言説は判で押したような百凡の「ダンケー言説」ばかりなので、論理の面でも随所で破綻しているが、この人物が「正直だな」と思った点として、「ディベート」(実際の思想に関係なく、議論を行う一種のゲーム的行為)を隠れ蓑にしつつ、自分の言説が「情」から外れたもの(その中には「人道から外れた」理屈も含まれるだろう)である事を否定していないのだ。

 

これは天皇陛下の(上皇陛下から確かに引き継がれた)「国民と共にある」というご姿勢を踏みにじるものであり、同時に「天皇・皇室に対するキャンセルカルチャー」の発生を後押しする大変危険な理屈でもある。

 

多くの男系男子固執者には、時代がかった言葉遣いで自己陶酔的に天皇彌榮を唱える者が多い一方、天皇陛下や皇族の皆様のなさりように基づく、国民との関係性への御心に思いを巡らせたものがとても少ない。

その一方

 

「現在の該当者なんかしらねぇよ。」

 

……。

 

これが、この人物の本質を如実に表している。本人が現実に対するコミットを放棄しており、本当は皇室に対する思いや関心など持ち合わせていない事や、きわめて喫急な社会的課題において自ら「役立たず」である事を宣言しているも同じだ。

 

現代において「ディベート」という言葉は、本来の意義から外れ、現実社会、そして自分自身という不合理と対峙する事に恐れをなした者の言い訳に使われやすい。他者との関係性の齟齬や、怠惰な自己と向き合う事から逃避し、自分が高尚な位置にいると錯覚して心を慰撫するためのクスリとして濫用しているのだ。

 

「差別心」「劣等感」「孤独」むき出しだと世間体の悪い心理を、ディベートというオブラートに包んで世間の耳目からも、自分自身に対しても偽装しながら喰らい続ける。

 

冒頭で述べた「嫌な湿気を伴った暗雲のようなもの」は、麻薬中毒の者が暴力的な事件を起こしたニュースを観た際に抱く感触と非常に似ている。

 

多くの庶民は、麻薬中毒の狂人が放つ言説に、部分的な哀れみに基づく共感を寄せる事はあっても、その価値観に同意を寄せる事は無いだろう。

 

だが、皇位継承の問題に関しては、国会議員の中にさえ「麻薬中毒の狂人」そのものや、無関心からそれに追従する者が存在する現実がある。

 

SNS上でうごめく愚者の背後に空いた隙間から見える闇は、あまりに深い。どこからか漏れ出した漆黒の泥のようなものに、日本が飲み込まれて行く事に「保守」のあなたは耐えられるだろうか?
大須賀淳

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テーマ: ゴー宣DOJO in名古屋「人権カルトと日本人論」

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