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2024.5.20 07:00ゴー宣道場

「光る君へ」と読む「源氏物語」第5回 第五帖<若紫 わかむらさき>byまいこ

「光る君へ」と読む「源氏物語」第5回 第五帖<若紫 わかむらさき>byまいこ

 

愛子さまは5月11日に国立公文書館で開催の特別展、「源氏物語」やその注釈書を中心として平安文学に関する資料を紹介する「夢みる光源氏」を鑑賞され「夢占いは現代でもありますよね」「夢を通して平安貴族の心のあり方に触れることができました」と感想を述べられたとのこと。学習院大学で古典文学などを学ばれた愛子さまが初めての単独での御公務で「源氏物語」の展示をご覧になることは誠に嬉しく、日本の文化史に残る出来事のように感じます。

「光る君へ」の第1回、籠に飼っていた小鳥が逃げてしまったのをまひろ(紫式部)が追い、三郎(道長)に出会うシーンは、「源氏物語」で光る君が若紫を垣間見る場面の再現と話題になりました。

小鳥を失って泣いているのを慰めるために地面に足で自分の名を書いてみせた三郎は13歳、「名前より漢文を書いて」と蒙求(もうぎゅう 故事集)の冒頭をさらさらと書くまひろは9歳。

「俺は貴族の子ではないから、名前が書ければいいんだ。されど、お前は女子なのに、なぜ漢文が書けるのだ」と感嘆する三郎と「私は帝の血を引く姫だから」と応えるまひろのとのやり取りは、各人の才能を見抜いて男女問わず重用できる為政者の資質と空想を形にできる才能が仄見えるようでした。

今回は、国語の教科書に掲載されることもある、もっとも光る君に愛されたとされる「帝の血を引く姫」の登場する帖をみてみましょう。

 

第五帖 <若紫 わかむらさき (ムラサキ科の多年草・紫草が春に萌え出た時の状態 根は染料になる)>

光る君は18歳の頃、瘧病(わらわやみ おこり マラリヤに似た熱病)を患い、加持祈祷をうけるため北山の「なにがし寺」に赴いていたときに、風情ある僧坊(僧侶の住む建物)に父・桐壺帝の妃・藤壺(先帝の皇女)の女御にそっくりな10歳くらいの少女・若紫をみかけました。籠に入れた雀の子を逃がしてしまったと泣く姿の可愛らしさ、美しさが気になって、その僧坊の僧都(そうず 僧の位の一つ)にたずねてみると、若紫の母親は僧都の妹・尼君の娘で、藤壺の兄・兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや 先帝の皇子)の子を産んだこと、つまり若紫は藤壷の姪にあたるとわかります。

若紫の母親は、兵部卿宮の正妻への気苦労から病気になって亡くなっていました。尼君も病気がちで北山にいると聞いた光る君は、自分を若紫の後見に考えてもらえないかと尼君に伝えてくれるよう僧都に頼みます。尼君は、恋のことわりの分かる年齢ではない孫娘には相応しくないと「あと4、5年過ごしてからなら」と応えたので、光る君は残念に思います。若紫は光る君をみて「父宮よりも美しいわ」といい、女房の「それでは、あの方のお子になられたら」という言葉に肯いて、そうなったら素敵と思っているようです。

病が治り、光る君が宮中で桐壺帝にお会いしていると、左大臣も参内してきました。左大臣は光る君を娘の葵上のもとに連れてゆきますが、久しぶりに会った夫婦は打ち解けられません。

そのころ、藤壺が里下がり(実家に帰ること)していると知った光る君は、女房の王命婦(おうみょうぶ)に手引きさせ、関係を持ってしまいます。そのあと、奇妙な夢をみたので占わせてみると「帝の父になるが、その前に身を慎まねばならないことになる」と言われて驚愕、藤壺は懐妊していたのでした。女房たちは光る君との関係など考えもせずに、藤壺が懐妊をなかなか奏上しないのをいぶかしく思い、王命婦はおののきます。桐壺帝には、物の怪のせいで、懐妊の兆候が、すぐに分からなかったと奏上したのでしょう。周囲の者達もそのように思い、桐壺帝も、とても喜びますが、光る君と藤壺は心苦しく思っています。

病気がちの尼君が北山から京の住まいに戻っていると聞き、光る君は六条御息所のもとに通う途中、見舞いに行きました。尼君は光る君に、若紫が幼くて頼りない年ごろを過ぎたら気にかけてくれるよう頼んでいると、近くで「おばあ様、光る君がお見えなら、ご覧になればいいのに」という若紫の声が聞こえます。「お静かに」と制する女房へ「光る君をご覧になって、気分が晴れたと仰っていたのだもの」と応える若紫に、とても心ひかれる光る君。あくる日、若紫の乳母・少納言から、見舞いのお礼と、尼君は先が長くないことが知らされました。

光る君は藤壺のことを恋しく思い、藤壺にゆかりの若紫を求める心もいっそう募ります。

手に摘みて いつしかも見む 紫の根にかよひける 野辺の若草 光る君
はやく摘み取ってみたい 紫草の根、藤壺につながる 野辺に咲く若草を

とうとう尼君は亡くなってしまい、若紫は父親の兵部卿宮に引き取られることになりました。そうなる前にと光る君は、若紫を乳母の少納言と共に連れ出して、二条にある美しい自邸の西の対(にしのたい または西の対屋・たいのや 寝殿造で中央の主人の住む寝殿と渡殿(わたどの 渡り廊下)で繋がる西側の建物)に住まわせます。光る君は同じ年ごろの少女を集めて遊ばせたり、絵や玩具を取り寄せたり、手習い(習字)をさせてみたりと、濃やかに世話をするので、若紫は次第に慣れ親しんでゆくのでした。

***
幼いときに母を亡くし、その面影を求めて、母と似ている5歳年上の義母・藤壺を慕っている最中に、元服と結婚によってふいに会えなくなった光る君は、常に理想の女性としての藤壺の身代わりを求めているようです。

六条御息所は7歳(一説には17歳)年上、葵上は4歳年上なのは、藤壺を母と慕いつつ敬愛する年上の女性を求める部分は叶うものの、美しく気位が高い2人に、気兼ねするところがあるのかもしれません。

「雨夜の品定め」で中流の女性に好奇心を抱いて関係を持った空蝉と夕顔は、光る君よりも身分が下であることや性格の優しさから気兼ねするところがないことに加え、想いの高まったところで会えなくなるという、藤壺との関係の再現性によっても忘れ得ぬ女性になっているように思います。

若紫を連れ出したのは、藤壺の姪にあたるのもさることながら、空蝉、夕顔との別れを踏まえて、理想の女性を自ら育て独占しようとする願望の表出。現在ならば、一発アウトになるに違いない若紫連れ去り事件ですが、女性を自分の意のままに育てようとするモチーフは、映画「マイ・フェア・レディ」や「オペラ座の怪人」、谷崎潤一郎「痴人の愛」などにもみられます。

日本の歌謡曲にも、男性が女性を「独占するために連れ去る」情景が多く登場しているようです。松本伊代さんの「センチメンタル・ジャーニー」は「あなたにさらわれて」という女性が恋する男性にさらわれたい気持ち、オフコースの「YES-YES-YES」は男性が恋する女性を「連れてゆくよ」という誘いが高らかに歌われました。

さらに「歌謡曲を通して日本を語る」に取りあげられたチューリップの「心の旅」には女性を「つれ去りたい」男性の心情が描かれていますし、KinKi Kidsの「愛のかたまり」の女性目線の歌詞は電車に乗せたくないほど独占したい男性の気持ちを喜びとしています。男女の愛の形は、古今、多様性に富んでおり、コンプライアンスに反するものほど、情熱を沸き立たせるものなのでしょうか。

「源氏物語」は、道長が紫式部に紙や硯を提供して書かせたという側面があり、その目的は「光る君へ」で今後、入内することになるはずの娘・彰子の住まう飛香舎(ひぎょうしゃ)に一条天皇を通わせるためという見方があります。

御所で天皇や妃の住む後宮の殿舎(でんしゃ 御殿)は、七殿(弘徽殿 こきでん、麗景殿 れいけいでん 、登華殿 とうかでん など)と、五舎(飛香舎 ひぎょうしゃ・庭に藤が植えられていたことから別名・藤壺、淑景舎 しげいしゃ・桐壺、凝花舎 ぎょうかしゃ・梅壺 など)。「源氏物語」に登場する桐壺の更衣、弘徽殿の女御、藤壺の女御などの通称は、後宮の御殿の名に由来しています。

彰子が12歳で入内したとき、一条天皇は20歳。先に入内していた定子は24歳。一条天皇との仲睦まじさに加えて、才気煥発な清少納言が仕えていたため、定子の住まう場所は当時の人気スポット。

「光る君へ」第16話で、ききょう(清少納言 ファーストサマーウイカさん)が「香炉峰の雪はいかがであろうか?」という定子(高畑充希さん)の言葉に応えて御簾を上げさせ庭の雪景色を見せた場面は、「香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看(み)る」という白居易(はくきょい 唐代中期の漢詩人)の詩をふまえた「枕草子」の記述が再現されており、定子のいた登華殿が一条天皇のみならず宮中に出仕する貴族たちも足繫く通う文化サロンだった様子が伺えます。

彰子が入内した時は、定子は様々な艱難に遭った後で登華殿にはいられませんでしたが、一条天皇の寵愛は変わらず。定子は三度も懐妊することになる一方、幼い彰子にはその気配はなかなかあらわれません。道長が彰子に紫式部を仕えさせ、「源氏物語」を描かせることは、飛香舎にも文化サロンを作り、一条天皇の訪れを増やすことに繋がる。「紫式部日記」には、一条天皇が「源氏物語」を読ませて聞いているという記述もあります

18歳の光る君が10歳の若紫と出会う設定は、20歳の一条天皇が12歳の彰子を迎えたのと似た状況。紫式部は、「源氏物語」に年上の男性が、性的な関係を伴わないまま年下の女性の成長を待つ様を描くことで、一条天皇も彰子が理想の女性に育ってゆくのを待っている、ということにしたかったのでしょうか。

さて、ついに藤壺が光る君との不義の子を宿してしまいました。若紫の人物造形の一部に彰子が反映されているとすれば、藤壺には定子が反映されている部分があるのかも…といった視点でも「光る君へ」と「源氏物語」をご覧になれるかもしれません。

 

【源氏物語ゆかりの地めぐり・鞍馬寺&大雲寺】
光る君が若紫と出会った北山の「なにがし寺」の候補地は、かつては鞍馬寺、近年は大雲寺といわれているようです。大雲寺ならば京の街なかに近いので、尼君や若紫をはじめ女性も行きやすかったことでしょう。

 

 


 

 

「若紫」は確かに高校の古典の教科書に載ってました。
今だったら教科書にはアウトじゃないの…というか、当時でも「これはちょっとアブナイ話じゃないの?」とか言いながら授業をしてたような覚えがありますが、だからこそ特に印象に残っているのだと思います。
危なくない物語なんか面白くないし、残らない! ということでしょうか。

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