ゴー宣ネット道場

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切通理作
2010.6.24 02:10

世の中を分断する言葉を減らしてください

         

  昨日は『せつないかもしれない』新しい回の撮影で、小林よしのりさんのアトリエにお邪魔しました。

 一緒に出てくれているしじみさんは前日までに女優の仕事が入っていましたが、その撮影が深夜まで長引き、やがて朝までの徹夜となり、果ては翌日の午後、つまり『せつないかもしれない』今回の収録が始まるぎりぎりまでかかってしまいました。

 これはさすがに無理かもと、今回は私一人で進行するしかないと腹をくくりましたが、終わってすぐ駆けつけてくれて、無事収録出来ました。ありがたいことです!

 番組を見てくれている人で、しじみさんの存在に救われている人はいらっしゃるのではないでしょうか。僕もその一人です。

 

   しじみさんはかつて『ニッポンの行方』という、いとうせいこうさん司会の討論番組にアシスタントとして出たことがあります。

   その番組は政治家がマニフェストを語り、それについて会場に集まった百人の国民がボタンを押して意志を表明するというものでした。


   私はふだん政治討論番組を自らの興味で見ることはなく、しじみさん目当てで放映日にテレビをつけていたのですが、肝心のしじみさんの喋るところが、カットされていたのか、全然なかったのでとっても残念でした。せっかく「相槌の天才」なのに! 

   なので「せつないかもしれない」の第1回目と2回目では、しじみさんにその時用意した衣装で出てもらってます。僕は「政治秘書コス」と呼んでいます。しじみさんは迷彩服も持っているので、今後は話題に合わせて「軍事コス」もしてもらおうかと思っています。

   それはともかく、『ニッポンの行方』を見て私が抱いた素直な感想は、会場に集まった国民代表の人たちに対して「みんな、真面目なんだなあ」ということでした。

   国の借金を返すためなら、たとえ消費税が上がっても構わない……という人が結構多かったのです。自分個人が、現在だけよければいいという考え方ではない.

    私は感銘を覚え「この人たちがマジョリティなら、まさに『ニッポンの行方』は大丈夫じゃないか」という思いを新たにしたのですが、政治に無知な私は、一方で根本的なところに疑問を持ってしまったのです。

  それは、こういうことです。

   「この番組では国の借金をどうやって返せばいいのかということが前提になっていたけれど、そもそも日本は誰に借金したのだろう。日本として借金したっていうことなのだから外国からの借金なのかな。中国とかアメリカから借りたのだろうか。でもその借金は実体経済のやり取りの中で生まれたものなのだろうか。名目上の借金ふっ掛けられて、時間がたつほど利子が増えてくなんてことがもしあったとしたら、国民がいくら生活費のリアルなお金を削って返すことに貢献し続けたとしても、絶望的なんではないか」

  そして、こうも思いました。

  「いま日本は経済が苦しいという理由で色んな事業がカットされて、縮小削減の連続で、一人ひとりの国民も、なんとなく背筋伸ばしてはいけないようなムードがあるけれど、これもずっと続くんだろうか。一体どこまでちぢこまっていかねばならないんだろうか」

   そうした疑問を持っていた私ですが、小林よしのりさんと政治家との対論集『希望の国・日本』を読んで、とりわけ城内実議員の「プライマリー・バランス原理主義になることはない」「国から借用書をもらっている人なんかいません」というくだりに膝を打ちました。

   細かくは実際の本を読んでほしいですし、こちらにアクセスする人はそもそも読んでいる人が多いとは思いますが、ここで城内議員は、国の借金は国債の発行によるものであり、国民はむしろ「貸し手」なんだと語っておられました。

    だったら、国民はなんら恥じることなく、せせこましく小さくなることもないんじゃないかと。むしろ主体的に、これからどうしていけばいいか、自分たちだって出来ることを考えていっていいんじゃないかって。

   城内議員はまたこうも言っています。従来と考え方を変えれば、公共事業の在り方の新しい提案はたくさん出来る。はじめに削減ありきの考え方をすることはない、と。

   政治に興味のなかった自分にとって、急に視界が開けてきた気がしました。

   実はここまで私が不用意に使ってきた「政治に興味のない」という言葉にも、「どうせ自分が何か言ったって意味ないのに、真面目ぶってどうする」という韜晦が含まれています。

   そんな自分にもまさに「希望」、小林さんが司馬遼太郎から引いた言葉でいえば「坂の上の雲」が見えてきた瞬間でした。

 早くも十日以上たちましたが、6月13日の「ゴー宣道場」では私も末席でお話を伺いました。

 『希望の国・日本』を読んで、とりわけ城内実議員と原口一博大臣の発言が印象に残っていたので、そのお二人がゲストに来られると聞いて、小林さんにぜひにとお願いして会場に入れて頂いたのです。

 参加者の皆さん、すみません。コネを使ってしまいました!

 しかも胡坐がかけない体質で、ヘンテコな姿勢になってしまってすみません!


 お二人が参加者のすべての質問に答えることは勿論無理でしたが、政治とはひたむき、したたかさ、真剣さであり、最後は「人」なんだということを参加者に伝えてこられ、決して温度の低いものではないのだと教えられました。

 参加者の一人による「国民一人一人は具体的にどうしていったらいいのですか」という質問に、原口大臣が「人と人とをつなぐことをしてほしい。必ずしも私の味方をしてほしいということじゃない。世の中を分断する言葉を減らしてください」と語っておられたのが印象的でした。

 

 人と人とをつなぐこと。ためにする議論を長引かせるのでもなく、揚げ足取りに終始するのでもなく、またそれらすべてに冷淡になることでもない、同じ俎上で物事を考えていける回路を、つなげていこうと努力すること。

 ゴー宣道場参加心得に書いてあったことは、こういうことだったのかと思いを新たにしました。

 僕も「書く」ことを通して、及ばずながらそこを考えていきたいと思います。

 ……と、今回は「ゴー宣道場」内のブログらしい内容になりました!

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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