ゴー宣ネット道場

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みなぼん
2010.11.12 13:03ゴー宣道場

アイヌ民族衣装を着る??

よしりん先生から、
重大なメッセージです
絵文字:重要



14日の「ゴー宣道場」で、

受付係にアイヌの民族衣装を着せよう

という意見が宮城師範から出され、
門弟たちの間で盛り上がりました。

この案を砂澤氏までが支持し、
案外アイヌ系の人たちの間にも
支持が拡がっていたらしい。

わしは宮城師範に懸念を表明し、
「熟考が必要です」と
返事しましたが、
門弟たちには
「やめろ絵文字:重要」とは言わなかった。

自分たちで判断すればいいと
思ったからです。

ただし、
それが実行された場合、
「ゴー宣道場」の冒頭で
わしは異議を唱えるつもりでした。

アイヌの民族衣装を
アイヌでもない者が着て、
「アイヌ協会」や人権運動で
民族衣装を着ている者たちを風刺しよう、
挑発しようという動機が、
わしには不純に思えます。

そんな姑息なことをしなくても、
我々は「公論」を創ることで
戦えるのではないですか?

議論だけでは退屈ですか?

コスプレごっこを加えなければ
楽しくないですか?

1時から4時まで、
たった3時間の勝負ですよ絵文字:重要

直球で勝負する自信がないですか?

たとえ砂澤氏周辺の
アイヌ系の人々が、
このパロディ精神を
理解してくれたとしても、
わしはその人たちもまた
アイヌ系の一部であり、
そこから漏れる人々が
いるはずだと思います。

「民族衣装を着ることは、
 カミングアウトに繋がるから、
 私は着ることはできない」

というアイヌ系の人だって
いるはずです。

ひっそりと
日本人として生きていきたいと
思う人にとっては、
アイヌ協会が運動の場面でだけ
民族衣装を着たり、
中にはアイヌの血が
全然混じってない和人まで
アイヌの格好をしているのを見て、
嫌悪感を感じたり、
苦々しく思ったり、
腹立たしく感じたり、
負い目を感じたり、
実に複雑な色んな感情が
湧き起こっているはずなんです。

それほどまでに
アイヌの民族衣装は
「運動」の象徴と化していて、
アイヌ系の人々の実生活には
入り込んでいないのかもしれない。

わしは自前の着物を持っていますし、
着ることに何の躊躇もありません。

『本家ゴーマニズム宣言』の
表紙で着たのは
自前の大島紬です。

門弟たちが面白がって
アイヌ衣装を着ることを決めたら、
わしは着物を着ていってやると
企んでいました。

残念でした。

わしの粋な姿を見せてやれなくて。

アイヌ系の人々は、
日常で民族衣装を着て、
晴れやかな気持ちで
外出したりしてるのでしょうか?

正月くらい着ますか?

わしはアイヌの民族衣装に対して、
それがもはや普段着としても
晴れ着としても
形骸化してしまっていようと、
この日本に形成された
一つの文化として
敬意を抱きますから、
軽薄にパロディで着ることなど
できません。

過去のアイヌの人々に対する
礼儀としてできないし、
自分には似合わないと思う。

門弟たちが
民族衣装を受付係に着せよう、
我々だって着ようと
大いに盛り上がっていたところに、幸い、
14日の「ゴー宣道場」で
設営隊長を務める女性が

「ごめんね。ノリが悪くて。
 私は着られません」

と表明してくれました。

この女性は
全体主義に流されない
「個」を持っているなと感心しました。

さらに福岡のお医者さんが、

「船出第一回目にして、
 道場精神を忘れ、
 気が弛んでいるとは思いませんか」

と活を入れてくれました。

全く同感です。
代わりに言ってくれてありがとう。

黙って見ていて
良かったと思います。

「ゴー宣道場」の
門弟たちの議論は
有意義なものになりました。

この話、
わしはまだ言うことがあるので、
日曜の「ゴー宣道場」の
冒頭で話しましょう。

言っておきますが、
「ゴー宣道場」に
ユーモアは必要ですし、
わしは今、
来年1月開催の
特別イベントの景品としてのグッズを
作ったりもしていますよ。

堅苦しい修業主義や
形式主義など大嫌いですが、
80年代的な
何でもシャレで済ます
面白主義も白けます。

基本は議論を真剣に行うこと。

それ自体に
楽しみを覚えないのなら、
「ゴー宣道場」に集う意味は
ないでしょう。

 

みなぼん

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