ゴー宣ネット道場

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切通理作
2010.12.19 05:37

自分史としての中国観 パンダ世代として

    このあいだの第9回ゴー宣道場の最後で、中国という国のおそろしさが語られた後、司会の笹幸恵さんがパンダ好きであることを宮城能彦教授が指摘して、感想を求めていました。「パンダに罪はありません」と笹さんが答え、小林よしのりさんも「パンダ本人には国籍はわかりませんから」と言い添えていました。

  有本香さんの『中国はチベットからパンダを盗んだ』は、表題通り、パンダは本来チベットのものであり、中国がそれを盗んだことが出てきます。

  笹さんは僕や有本さんよりも一回り以上若い世代です。物ごころついた時からパンダはメジャーな存在で、普通に子どものアイドルだったに違いありません。ですからパンダが好きということとと中国への感情は最初から特に重なったものではないのだと思います。

  パンダは僕が小学校の頃に日本に来ました。単にパンダそのものが来ただけでなく、パンダという生き物は、それまで日本ではあまり知られていなかった動物でした。
  日中の国交回復とともに、パンダブームが起きました。僕も、当時出たパンダの写真集を親に買ってもらいました。実際に上野動物園に見に行ったときには、歩きながら見なければならず、立ち止まることさえ許されませんでした。そのぐらい多くの人が詰め掛けたのです。

  『実録・連合赤軍』という映画で、あさま山荘にたてこもったゲリラに、彼ら一人一人の母親がマイクで呼びかける場面が再現されていましたが、その中で、ある母親が、こういう意味のことを呼び掛けていました。
  「中国と日本は国交を回復したのよ。時代は変わったの。もうおとなしく出てきなさい」

  このシーンは時代の転換点を鮮やかに示していました。
 
  左翼=革命軍=中国
  保守=アメリカ追従=反中国

  それが友好関係になるわけがないーという自明性がくつがえったのです。

  学校の教室では、担任の先生が、中国と国交回復した田中角栄首相が、庶民からたたき上げたいかに立派な人物かを語ってくれました。まだロッキード事件が取り沙汰される前でした。
  僕は親から、日本に侵略されたことをすべて水に流してくれた、とても心の大きい人たちなのだと中国人について聞きました。
  中国残留孤児たちを自分の子のように育ててくれた人たちだという認識もありました。

  なのに、「チンさん」だの「ボクさん」だのという中国人の名前が珍妙だと笑ったり「××アルヨ」「××アルネ」「××のコトヨ」など、誇張された言い回しでなんとなくおとしめた感じでユーモラスに彼らを見ている部分が一方であり、それは日本が脱亜入欧的価値観をいまだに持っているからだと僕は思っていました。

  長じるにつれ、僕は同じアジア人を劣ったもの、遅れたものとして見ている日本人のあり方に対して批判的になっていきました。
 
  一方でテレビのCMでも「中国五千年の歴史」と謳われ、80年代には中国の庶民の暮らしを描いた映画が次々と日本で公開され、ロングランとなり、雄大な自然の中で営々と生きる中国の人々の姿に、名誉白人ぶって彼らを軽んじる我々日本人のちっぽけさ、歴史のなさを逆に恥じていました。  


  それらの多くが洗脳だったことに、僕が気付いたのはそんなに昔ではありません。

  大人になると、海外に赴いた友人から、食べ物一つ食べるでも列に並ぶことが出来ず、人を押しのける中国人の態度が耳に入るのは、一度や二度ではありませんでした。

 何千年の宗教的伝統を持っていたのはチベットや新京ウィグル地区であり、中国は彼らを侵略していたことも知るようになりました。

 60年間支配されている彼らのことを知らなかった自分を恥じるとともに、欧米ではチベット支配のことは常に注目されてきたというのに、この此岸の差に日本の異常性が存在しているのだなと思いました。

 そして昨今話題になっている尖閣諸島の問題。
  「中国の
本性の部分と向き合わなくてはいけない時代に来ている」という有本さんの言葉は、そんな僕の洗脳解除を決定づけました。

  有本さんのいう、中国への贖罪意識に覆い隠され、チベットやウイグルに対する侵略をほとんど知ることなく過ごしてきてしまった多くの日本人の一人に、まさに私が入っていたのです。

  日中関係に囚われすぎていては判断力を失う、というのは、こんなところにも弊害としてあらわれているのかもしれなません。

  『中国はチベットからパンダを盗んだ』で印象的だったのが、中国人は、弱者性や愚鈍さすらも、必要ならば演じることができる、というくだりでした。
  彼らの清く正しく貧しい姿も、ある部分は洗脳として刷り込まれたものだったとしたら?
  
  パンダが日本に来て以後、作られたストーリーの上にずっと歩かされてきた自分が、ようやっとそのベールを剥いだ世界を少しづつ見ることができるようになりました。
  これからも虚心坦懐に学んでいきたく思います。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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