あらためて『戦争論』の奥付を見てみると、
初版の発行は1998年。
なんと20年前だ。
1998年、私は社会人になったばかりで、
とにかく目の前の仕事を覚えることに必死だった。
職場の人間関係もとまどうことばかりで、
頼りにしていた先輩がすぐに辞めてしまい、
一人暮らしを始めた環境の変化と相俟って
いきなりアトピー性皮膚炎になってしまった。
「公」について考える余裕はなかった。
成熟もしていなかった。
会社に勤める。それだけでクタクタだった。
でも、時々書店に行っては端っこのほうにある
「戦記コーナー」の棚を眺めていた。
小難しいタイトルや、知らない海外の地名が
書かれた書籍を見るだけで楽しかった。
うほほ~~~ッ
血沸き肉躍る感じ。
ただ、その中の一冊を買い求めても、
たいていは読破することができず挫折した。
祖父の世代はなんで戦争したのかな。
戦争でどんなことがあったのかな。
どうして負けたのかな。
ひとりになると、そういうことを考えるOLだった。
なかなか答えはわからない。
あのときに『戦争論』に出会っていればなあ。
私がいつも行っていた書店では出会わなかった。
新刊コーナーとか売れ筋コーナーとかは
素通りしていたせいだろうか。
でも、このときに出会わなくて良かったとも
思っている。
成熟していないということは、自分の言葉で
思考ができないということだ。
都合のよいセリフだけをつまみ食いして、
曲解したままこの年になっていた可能性もある。
この20年、時代は、自分は、どんなふうに
変わっていったのだろう。
そんなことを考えながら『戦争論』を読み返しています。
つい夜更かししてしまうよ~
というわけで、11月11日、『戦争論』について語ります。
初の京都開催、道場のテーマは
「『戦争論』以後の日本と憲法9条」
応募締め切りは10月31日、秋の京都に集え!!
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