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トッキー
2019.6.5 15:19その他ニュース

人に偏見ゼロの潔癖さや完璧さを求めて大丈夫?

門弟メーリスからの
ご意見紹介です!

 


 

『「ひきこもり」に偏見を持つなというリベラルの欺瞞』を読んで、ついつい書きたくなりました。

アニメオタクが子供を殺める犯罪が起きた事があり、その時「偏見でしか(子供を)守れない」というような投稿をしたことがあります。

自分の子供が学校の行き帰りや外で子供だけで遊ぶ時、子供が異常者による犯罪に巻き込まれないためにはどうしたら良いか?
親が子供の後を四六時中くっついて、完璧に見守るのは不可能に近い。
一人で遊ばない、登下校しないなど、学校でも対策をしているけど限界があるし、
どこの誰が異常な精神状態になっているかわからない。
でも、一度でも異常者に遭遇して子供が餌食になったらもう終わりです。
今回の事件のように取り返しがつかない。

もしも近所で怪しげな人を見つけたら「その人に近寄るんじゃないよ」と事前に子供に伝え、子供達に注意喚起して、偏見で防御するのも1つの方法だと思う。
怪しいかどうかの判断は自分の「偏見」でしかないので、当然間違っている可能性もあるという自分への疑いの目を常に忘れないようにして。
そして、もしその偏見が間違ってたとわかったら修正していくしかないのでは?

不思議なのは、1ミリの偏見も許さない!と言わんばかりのリベラル系の人達の感覚です。
そこまで人に潔癖さや完璧さを求めて大丈夫??と思ってしまう。
そんなに人は単純でしょうか?
偏見を持つ事=差別を容認する事ではないし、偏見を持った事がない人なんているはずがないし、もし全く偏見を持たない人がいたとしたら、ロボットみたいで不気味すぎる。
そういう人こそ実は不寛容で差別的だったりしますよね。

『「偏見」は「差別」に繋がりやすいが、「偏見」はどうにもならない人間の防衛本能である。』

『親は子供を自立させるのが使命であり、子は
親から自立するのが生き物の基本であることは、忘れてはならない。』

という、あまりにもまともな言葉に共感します。
(よっしーさん)

 


 

昨日のよしりん先生のブログ『玉川徹は「言葉狩り」をしている』がYahoo!ニュースになっていて、こりゃまた炎上か?と思ったら、コメントはよしりん先生に賛同する方が圧倒的になってました。
ヤフコメはネトウヨ傾向が強いため、とにかく玉川氏が嫌われているというのもありますが、リベラルの原理主義的潔癖意見に、全く説得力を感じられなかったというのも確かだろうと思います。

トッキー

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