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2023.12.10 07:00ゴー宣道場

小林よしのりライジングVol487「偏見は大事である」を自分なりの言葉にしてみた

おはようございます。モグです。

 

今日は11/28の小林よしのりライジングVol487「偏見は大事である」を読み、自分なりに考えたことを綴ってみます。
この回、よしりん先生が12/1のブログにて

『今回のライジングの「偏見」の思想的分析は、圧倒的に
重要であり、これこそ保守思想なのだが、まだ相当に
頭のいい人しか理解できないようだ。
読者が熟読できるように、来週はライジング配信を
あえて休むということでいいだろう。』と語られた回です。

『夫婦の絆』の作画のため、来週のライジングは休み。

…下手に取り掛かったら大恥かきそうと尻込みしかかってたのですが、ここはあえて恥をかくつもりで挑戦してみます。お付き合いください。

もうね、あえてシンプルに読んだ感想と私が思った「保守思想とは」を一言で先に言います!!
保守思想って…「謙虚だな」ってこと。どういうことかと言うと、先人たちの教えの中に知恵、叡智ってもんがあり、それを頼りにすれば大きく間違わないし、自分たちの進むべき道が自ずと見えてくると考えるわけですよね。ということは、時代が進むにつれて「人類は進化している、などと傲慢に考えたりせず、大切なことはすでに常識の中にあるとひとまず考える。でも、もう時代に合わないとか、人々の置かれている環境も昔とは違うからってなったときに、先人の叡智や常識を破壊するのではなく、良きと思うものは残し、相入れないというものは変えていく。あくまで、先人たちと対話するような感覚でいるということなんじゃないのかな…保守思想って。と思った。うーん、謙虚だなぁ、保守思想って!

逆に、なんで私はサヨクとかリベラルってイマイチしっくりこないのかも、わかった。
ライジングの中の言葉を引用させて頂くと、
『 現在の左翼とかリベラルとかいう者たちも、人間個人の「理性」に全幅の信頼を置いている。理性で何でもできると思っているから、人を判断するにも偏見は一切排して、理性だけで見なければいけないと考えるのだ。』

とあるので、ま、一言で言うと、傲慢なものを感じます。なので、しっくりこないわけだ、と今さらながら気づきました。

『偏見(prejudice)とは、伝統や慣習といった先人の知恵によって「あらかじめなされた判断」をいうのである。』

そうであるならば、その先人たちの知恵は大事にしなければ。と思います。
偏見が先人たちの知恵の結晶として私たちの中に「自然な感情」として生まれてきているのだから。

「内側に理性を含ませながら偏見を維持する」
先人たちを自分の中に置き、常に対話しながらバランスをとっていく。その中で、何を保ち守っていくかを思想する…のが保守思想ということでよろしいでしょうか??
以上、私なりに言葉にしてみました。
みなさんは、どう思われましたか?

ではまた、来週の日曜日に(^ ^)/

 


【モグ プロフィール】
千葉在住の働く主婦。夫と息子の3人暮らし。
広告代理店勤務、販売員などを経て、現在は駅の清掃員。お酒を飲み、音楽を聴きながら料理してる時間が至福の時。好きなジャンルは昭和歌謡。好きなよしりん作品は「脱 正義論」「戦争論」シリーズ 、「天皇論」「新・堕落論」「よしりん辻説法」シリーズ。ゴー宣道場では道場告知文推敲担当。

 


 

 

【トッキーコメント】
とにかくまず自分の言葉にしてみるってことは、大事だと思います。
ライジングの中にも書いていたように、エドマンド・バークの言葉を丸暗記して話して見せるだけで「保守思想家一丁あがり」みたいな風潮が言論界にはあるように思います。
ところが、その当人の実際の言動を見てみたら、どこが保守なんだ?と疑問だらけになるケースばっかりなのですから。

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